第33回 水素エネルギー研究会

(月刊『コロンブス』2026年7月号掲載)


物流分野では燃料電池トラックが、
水素エンジン分野ではモータースポーツが水素利用拡大のけん引役!!

トヨタが物流トラック、モータースポーツの分野で
水素エンジンの実用化を先導!!

脱炭素の切り札として期待されながら、長らく「未来のエネルギー」といわれつづけてきた水素。その社会実装がいま、物流やモビリティの現場で着実にすすみはじめている。米国では北米トヨタが燃料電池大型トラック40台を導入する大規模プロジェクトを始動する。一方、国内ではトヨタが富士24時間レースに世界初となる超電導液体水素ポンプを搭載した水素エンジン車を投入し、水素を燃料として直接燃やす技術の実用化にも挑戦している。物流からモータースポーツまで――。水素社会は実験段階から普及段階へと歩みをすすめている。


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北米トヨタの燃料電池トラック

水素トラックが変える物流の未来

 社会実装のけん引役として期待されるのが物流分野だ。物流業界は現在、ドライバー不足と脱炭素化というふたつの課題に直面している。大型トラックから排出されるCO2は多く、電動化の必要性は高い。しかし、大型車両をバッテリーだけで運用するには重量や航続距離に限界がある。そこで注目されているのが水素燃料電池トラックだ。
 トヨタ自動車の北米法人は2025年、米国のハイロード・エナジー社と提携し、水素燃料電池を搭載した大型トラック40台を南カリフォルニアで導入すると発表した。北米市場では過去最大規模となる商用水素トラックの導入事例だという。ハイロード・エナジー社は燃料電池トラックを開発したニコラの水素事業から分社化した企業。北米トヨタに対してトラックとメンテナンス、ソフトウエアを提供し、トヨタの輸送業務をサポートする。一方、北米トヨタはカリフォルニア州で水素供給インフラの開発を行っており、燃料はここから供給されること になる。
 水素燃料電池トラックは、水素と酸素の化学反応によって発電し、その電力でモーターを駆動する。排出されるのは水のみで、走行中のCO2排出はゼロだ。大型水素トラック1台が必要とする水素量は、トヨタの燃料電池車「MIRAI(ミライ)」約12台分に相当するとされる。このため、今回のように物流分野で水素需要が本格的に立ち上がれば、水素供給網の整備や製造コストの低減が一気にすすむ可能性がある。
 水素インフラの普及を目指しているトヨタ・ハイドロジェン・ソリューションズのジェイソン・ザホリック氏は「水素経済を加速するにはコラボレーションが不可欠であり、ハイロード社と協力して大型トラック分野の取り組みを推進できることを誇りに思う。(水素による輸送エコシステムの)実現に向けて重要な要素を結集し、燃料電池がサプライチェーンに具体的な価値をもたらし、水素経済の基盤になることを実証したい」と意欲を示す。

国内自動車業界も水素社会のけん引に意欲

 国内の自動車業界も日本の水素社会を切り拓くビジョンを示す。日本自動車工業会は5月21日に開いた定例記者会見のなかで、佐藤恒治会長(トヨタ)が水素トラックの普及戦略について言及した。佐藤会長は「今後10年で大型水素トラック1500台、水素ステーション+30基、水素価格1㌔㌘あたり1000円」という具体的な数値目標を掲げ、モビリティ産業がファーストペンギン(最初に飛び込む勇者)となって日本の水素社会を牽引する決意を述べた。

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5月の記者会見で「水素トラックの普及戦略」などについて述べる佐藤恒治会長

 水素を活用したモビリティの未来を語るうえで、燃料電池と並んで注目されているのが「水 素エンジン」だ。燃料電池車が水素から電気を生み出してモータを動かすのに対し、水素エンジンは水素を燃料として直接燃焼させる。既存のエンジン技術やサプライチェーンを活用できることから、自動車産業の技術基盤を生かした脱炭素技術として期待されている。

水素エンジン車で耐久レースにトヨタが参戦

 トヨタは6月に開催された「ENEOSスーパー耐久シリーズ2026富士24時間レース」に、水素エンジン車「GRカローラH2コンセプト」を投入した。今回の挑戦で最大の注目点は、世界で初めて「超電導液体水素ポンプ」を搭載したことだ。

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「ENEOSスーパー耐久シリーズ2026富士24時間レース」に参戦した水素エンジン車「GRカローラH2コンセプト」

 液体水素はマイナス253度という極低温で保存される。この環境を活用し、従来はタンク上部に搭載されていたモーターをタンク内部へ組み込むことで、省スペース化と軽量化 を実現した。これにより液体水素タンクの容量は従来の220㍑から最大300㍑へと1.3 倍に拡大。搭載量の増加は航続距離の向上につながるだけでなく、車両の低重心化による走行性能向上も期待されている。

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「超電導液体水素ポンプ」の仕組みと導入のメリット
協力/本文中の写真、図版は日本自動車工業会、トヨタ自動車からの提供

 さらに今回の車両では、水素エンジン車としてはじめてDAT(Direct Automatic Transmission)も採用された。運転技術が必要なMT(マニュアルトランスミッション)に対し、世界トップレベルの変速スピードを目指すDATでは、シフト操作に気を取られることなく運転に集中できるという。トヨタはモータースポーツを「走る実験室」と位置付けており、過酷な24時間レースを通じて技術を鍛え上げ、市販車への応用につなげようとしている。

多様な選択肢が水素社会を近づける

 水素エンジンは走行中に二酸化炭素をほとんど排出せず、既存のエンジン技術を活用できる点に特徴がある。燃料電池車とどちらが主流になるかは現時点では見通せないが、水素社会の実現に向けて複数の技術を並行して育てる「マルチパスウェイ」の考え方が広がりつつある。
 物流分野では燃料電池トラックが、水素エンジン分野ではモータースポーツが、それぞれ水素利用拡大のけん引役となる可能性を秘めている。水素社会の実現は、ひとつの技術によってではなく、多様な挑戦の積み重ねによって近づいていくに違いない。