第31回 水素エネルギー研究会
(月刊『コロンブス』2026年5号掲載)
「EV一辺倒」から「水素」で日本のエンジン技術を守る!
元F1レーサーが語る「e-fuel」を軸とした
日本のあらたな「水素社会衆議院議員
山本左近氏インタビュー
F1レーサーとして世界を転戦後、医療・福祉の現場を経て国政へと転身した山本左近衆議院議員。初当選直後から「EV一辺倒」だった世論に一石を投じ、日本のエンジン技術を守る「e-fuel(合成燃料)」の重要性を提唱しつづけてきた。モータースポーツの最前線で培った国際感覚と現場主義の視点から見えてきた欧州環境政策と、日本のエネルギー戦略と産業の未来について熱い思いを聞いた。
1982年、愛知県豊橋市出身。11歳でレーシングキャリアをスタートし、19歳での単身渡欧を経て24歳のときに当時日本人最年少でF1ドライバーデビューをはたす。30歳で帰国した後は医療介護福祉の世界に転身して医療法人・社会福祉法人さわらびグループの統括本部長に就任。2021年の第49回衆議院議員総選挙で初当選、2022年には文部科学大臣政務官兼復興大臣政務官に抜擢され科学技術・文化の担務を中心に活躍。2026年の第51回衆議院議員総選挙にて2期目の当選。
F1レーサーから医療・福祉、そして国政へ
―山本さんはF1レーサーとして活躍した後、医療・福祉の最前線を経て国政へとすすみました。まずは、この異色のキャリアについて聞かせてください。
山本左近・衆議院議員 私の原点は、幼少期に鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で見たアイルトン・セナの走りにあります。あの圧倒的な姿に心を奪われ、いつか自分もF1ドライバーになると決意しました。両親を説得してカートレースをはじめ、19 歳で単身ヨーロッパへ渡りました。ドイツ、イギリス、スペインを拠点に厳しい競争を生き抜き、24歳でスーパーアグリから念願のF1デビューをはたしました。その後もスパイカーやルノー、HRTなどに所属し、世界最高峰の舞台で戦い抜いてきました。
私のキャリアにおいて大きな転機となったのは、2012年に日本へ帰国してからのことです。私は医療法人・社会福祉法人さわらびグループの統括本部長に就任し、モータースポーツという極限の勝負の世界から、地域医療や福祉という、人々の命と暮らしに直結する現場へ身を置くことになりました。F1の現場で命と隣り合わせに戦ってきたからこそ、命を守る医療・福祉の仕事の大切さを深く実感しました。
一方で、現場では人手不足や高齢化がすすんでいます。今こそ大胆かつスピーディーにテクノロジーを導入し、現場で働く方々が本来のケアに専念できる環境を整える必要があると感じました。F1は、マシンもそうですが、ピットインしたときのドライバーとクルーの秒単位のムダのない動きはまさに人間と科学技術の結晶です。かぎられた時間と資源のなかで最大限の成果をあげるプロセスは、医療・福祉の現場でも同じだ、と確信したのです。ですから政治の世界に入っても課題を現場任せにしない、スピーディに解決することを信条にしてきました。
EV一辺倒の空気を打破次世代燃料で産業を守る
― 世界の最前線から草の根の地域医療まで、非常に幅広い視点で活動してきたのですね。その後、2021年10 月の衆議院議員総選挙で初当選をはたされます。当時の自動車業界やエネルギー政策は「EV(電気自動車)一辺倒」という空気が強かったと思いますが、山本さんは当選直後から「e‒fuel(合成燃料)」の重要性を強く訴えていました。
山本 初当選からわずか15日目、当時の高市早苗政調会長のもと、自民党で政調全体会議が開かれました。この会議は党所属のほぼすべての議員が出席し、政策の方向性を議論するものです。そこで私は新人議員でありながら、e‒fuelの必要性について発言しました。
おっしゃる通り、当時は「自動車の未来はEVだ」という論調が強く「はやくEVをつくらなければ、日本の自動車産業や輸出政策は世界に負けてしまう」といった見方が大勢を占めていました。しかし、私は日本最大の強みは「エンジン技術」にあると確信していました。エンジン関連の産業は非常に裾野が広く、部品メーカーなども含めて国内で500万人以上の雇用を支える日本の屋台骨です。この世界に誇る技術と雇用を、みすみす手放すことはできません。ですから、カーボンニュートラルを実現するためにエンジンを捨てるのではなく、燃料そのものを脱炭素化し、引きつづきエンジンを活用しながら日本の強みを活かしていくことこそが重要だと力強く訴えました。
― 脱炭素燃料として、水素と二酸化炭素を合成してつくるe‒fuelの製造・利用の促進をいちはやく提言したわけですね。
山本 日本の産業界ではまだe‒fuelに注目した動きはわずかでしたが、当時すでにヨーロッパの国々ではスタートアップなどがe‒fuelの製造に着手していました。ドイツのポルシェとシーメンスエナジーが合同で南米のチリにe‒fuelの製造プラントを建設するというニュースも注目を集めていました。
日本は地面を掘っても石油が出ません。中東のホルムズ海峡が封鎖されるような事態になれば、私たちの生活や産業は瞬時に大きな影響を受けます。しかし、水素と大気中の二酸化炭素さえあれば、石油に匹敵する燃料をつくり出すことができる。資源輸入国である日本こそ、このe‒fuelの研究開発に国家として真っ先に投資すべきだと主張しました。そして、その2日後、党の政策文書に「合成燃料の開発・研究開発をすすめる」という一文が明記されました。この経験を通じて、新人議員であっても、エビデンスに基づいて声を上げれば、国の重要政策を動かすことができると実感し、以後の議員活動の礎となりました。
政策文書への明記の意義は大きく、「カーボンニュートラルのための国産バイオ燃料・合成燃料を推進する議員連盟」を立ち上げる原動力にもなりました。入交昭一郎氏(元ホンダ副社長・本誌が事務局を務める水素エネルギー研究会最高顧問)のような卓越したエンジニアや有識者の方々にもご協力いただき、この議連の活動を通じて、2024年9月にはENEOSによる川崎での合成燃料実証プラント立ち上げという、具体的な社会実装の成果にもつながりました。
EVシフトの背景事情F1が示す次代の潮流
― 当時、ヨーロッパが「2035年以降のガソリンエンジン車販売禁止」を打ち出していたなかで、日本国内でも「エンジン車をつくりつづけても欧州で売れなくなるのではないか」という懸念の声が大きかったと思います。しかし、山本さんは当時から「欧州はかならずルールを変えてくる」と断言していました。その確信の根拠は何だったのでしょうか。
山本 私は約10年間ヨーロッパで生活し、現地の産業政策や企業戦略を間近で見てきました。なぜ欧州の自動車メーカーが急速にバッテリーEVへ舵を切ったのか。その背景には、環境政策に加え、フォルクスワーゲンを中心に大きな転機となった「ディーゼルゲート(排ガス不正問題)」がありました。当時、欧州ではクリーンディーゼルが有力な選択肢とされていましたが、不正問題によってその前提が大きく揺らぎました。さらに、トヨタのハイブリッド車が世界市場で存在感を高めるなか、各社は次世代の主導権を握るべく、EVをあらたな成長領域と位置づけ、政策・投資・広報を一体的にすすめていったのです。
しかし、バッテリーEVを推進すればするほど、リチウム精錬の世界シェアの8割を握る中国への依存度が高まります。これは彼らにとって重大な経済安全保障上のリスクとなります。さらに、ロシアによるウクライナ侵攻が起きたことで、ロシアからの天然ガスのパイプラインや石油の供給が絶たれ、電気代が急騰しました。自国の経済状況やエネルギー安全保障を冷静に見つめ直した結果、「バッテリーEVへの一本化は自国の産業の未来にとって本当にふさわしいのか」という揺り戻しが2023年から2024年にかけて起きたのです。結果としてEUは、e‒fuelなどを使用する場合は2035年以降もエンジン車の新車販売を認めるという例外条項を設けました。
― 国際政治や経済を背景とした必然的な揺り戻しだったのですね。ご自身のフィールドであるモータースポーツの視点からも、その兆候は見えていたと伺いました。
山本 むしろそこが私にとって確信を持てた最大のポイントです。F1は2026年から100㌫持続可能燃料(e‒fuel、非食用由来のバイオ燃料、廃油などの都市廃棄物由来燃料)に移行することを決定していますが、この議論は2020年代のはじめからすでにはじまっていました。
メルセデス、アウディ、ルノーといったヨーロッパの主要メーカーにとって、F1はたんなるスポーツではなく、自社の未来の技術を磨く「研究開発の場」であり最大の「広告宣伝の場」です。彼らはエンジンを残すという選択肢を取り、F1という舞台で各燃料メーカー(シェルやペトロナスなど)と組んで持続可能燃料の開発競争を繰り広げています。この事実が意味するのは、ヨーロッパの自動車メーカーの首脳陣が「未来のモビリティはバッテリーEVだけではない」と明確に見据えているということです。こうした世界の最先端の潮流を捉えれば、日本にとってバッテリーEVに一本化するのではなく、多様なエネルギーと動力の選択肢を確保する「マルチパスウェイ」戦略こそが最適解であることは自明でした。
水素社会の課題と展望、議連再開で実装を加速
― e‒fuelの鍵となるのは「水素」ですが、EUは「欧州水素銀行」を設立し、莫大な投資を行っています。日本の現在の立ち位置と課題についてはどのようにお考えですか。山本 水素社会の実現には「つくる」「はこぶ」「つかう」という3つのフェーズがあります。2023年3月に立ち上がった欧州水素銀行は、この3領域すべてに巨額の投資を行っています。
一方の日本はどうかといえば、「つかう」領域においてはトヨタの「ミライ」をはじめ、FCEV(燃料電池車)の小型輸送トラックやバスなど、世界に先駆けて製品化を実現しました。「はこぶ」領域でも、液化水素運搬船などで日本の技術が活きています。最大の課題は「つくる」領域です。日本は他国に比べて電気代が高いため、国内で安価な水素を製造するハードルが高いことは誰もが認識しています。
だからこそ、私はまず「つかう」領域で着実に需要を創出することが最優先だと考えています。需要が生まれれば、供給側への投資や技術開発も加速し、一般の方にも水素の有効性を知ってもらうことができます。また、水素は気体や液体での保存・取り扱いがガソリンほど容易ではありません。そこで、発電の余剰電力をバッテリーに蓄えきれない分を、水素を 介して二酸化炭素と合成し、e‒fuelの形で保存する。これが合理的な手段だと思います。バッテリーの重量問題でEV化が難しい大型の産業用トラックやバス、そして膨大に存在する既存の中古車を活かすためにも、e‒fuelは不可欠なのです。
― 最後に、今後の政策活動やご自身の展望についてお聞かせください。
山本 「カーボンニュートラルのための国産バイオ燃料・合成燃料を推進する議員連盟」の活動がさらに必要とされる時代に入りました。このところの国際情勢もあり、e‒fuelの必要性やいかにして製造コストを下げるかといったことに関心のある議連の先生方も増えています。
私が一年生議員の頃、先輩議員の方々のお力添えをいただきながら立ち上げたこの議連は、産官学の連携を促す重要なプラットフォームです。総会や勉強会を再開できるよう、現在、各方面に働きかけているところです。日本の卓越した技術力で新しいエネルギー社会を切り拓き、モノづくり産業を守り発展させていくために、これからも全力を尽くしてまいります。