第20回 水素エネルギー研究会

(月刊『コロンブス』2025年6月号掲載)


後発の日本でもE10、E20導入はすすむか⁉

生物由来のバイオエタノールとガソリンの
混合燃料でCO₂削減!!

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2018年の世界のバイオエタノール消費量は1億1200万㌔㍑(約6兆円の市場規模)。アメリカとブラジルで世界全体の生産量の8割以上を占めている
出典:日本環境エネルギー開発㈱(Biofuels Digest(2020)および USDA の各種レポートより作成)

 生産コストの高止まりが課題となっているカーボンニュートラル燃料だが、バイオエタノールについては海外諸国ではやくから導入がすすんでいる。このほど、日本政府もガソリンに混ぜるバイオエタノールの比率を米国並みとする混合燃料の販売を後押ししていく方針を固めた。水素やe-fuel(水素とCO₂の合成燃料)といった次世代エネルギーの社会実装に向けて中継ぎ的な役割をはたすだけでなく、e-fuelへの混合などさまざまな可能性に満ちているバイオエタノール、その最新動向をレポートしてみた。

E10以上が世界標準
遅れをとる日本

 アメリカやブラジルのガソリンスタンドでは、バイオエタノールを混合したガソリンが当たり前に販売されていることをご存じだろうか。南北アメリカの多くの国々でE10(※1)以上のバイオエタノール混合ガソリンが流通し、アメリカではバイオエタノール85㌫混合のガソリンも販売されている。すでにE100(100㌫バイオエタノール)も供給されているブラジルではE27.5の導入が義務づけられており、アジアでもE5〜10の導入義務を定めている国が多い。

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出典:Renewable Fuel Association

 では日本はどうか。バイオマスエネルギー専門のコンサルティング業務に取り組む日本環境エネルギー開発㈱(NEED)の澤一誠氏によれば、現時点ではガソリンの添加剤「ETBE(エチル・ターシャルブチルエーテル)」の基剤としてE1・7相当のバイオエタノールが少量導入されるにとどまっている。その理由は「日本の狭い国土ではバイオエタノールの大量生産が難しい」からだ。事実、「2000年代から北海道や沖縄、新潟などでバイオエタノールの国産プロジェクトがすすめられたが、原料のテンサイやサトウキビ、コメの供給コストを下げられず、安定的な供給にも課題が多く商業化できなかった」という(※2)。2015年に国の補助金が打ち切られて以降、国内生産はほぼゼロ、現在、日本で利用されているバイオエタノールはすべてブラジル産かアメリカ産を輸入したものとなっている。

※1 E10……Eはエタノール、10は混合比率を表す。E10はガソリンにエタノールを10㌫混ぜた燃料のこと。
※2 日本国内でのバイオエタノール生産……2002年、農林水産省が「バイオマスニッポン総合戦略」を閣議決定して以降、北海道、沖縄、新潟でてんさい、小麦、米、サトウキビなどの原料からバイオエタノールを製造し、生産・利用に関する実証を行うため補助事業を実施したが、日本では原料となる農作物の種類、コスト、集荷可能量がアメリカやブラジルとまったく異なり、とくに量的な制約から1工場でのバイオエタノールが最大でもアメリカやブラジルの20分の1程度にしかならず製造コストが割高となり、商業生産にはいたらなかった。


水素社会と親和性の高い
バイオエタノール

 だが、2050年のカーボンニュートラルの達成に向けて、日本政府はついに水素ネネルギーやe-fuelが普及するまでの移行期対策としてバイオ燃料を活用することに。ターニングポイントとなったのは2024年11月、経済産業省が2030年度までにE10の供給をはじめるとし、E20対応車の国内新車販売比率も2030年代の早期に100㌫に引き上げるという方針を示したことだ。この方針の下、今年2月18日に発表された「第7次エネルギー基本計画」にも同様の文言が入った。

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 日本で消費されるガソリンをすべてE10にすれば、化石燃料だけの場合と比べて年間で数百万㌧のCO₂削減効果があるといわれている。これで電気自動車(EV)の普及と並行してバイオ燃料による運輸部門のカーボンニュートラルに向けた体制が整ってきたのだ。
 「2040年頃のe-fuel実用化を目指し、それまでの間は即効性の高い中継ぎ的な脱炭素化策として、E10などのバイオエタノールを導入するのが有効」と澤氏。そして「既存のガソリンスタンドなどのインフラや部品などをそのまま活用できるメリットも大きく、下請けを含めた自動車産業の構造と規模を維持できる」とも。
 また、東方通信社が事務局を務める水素エネルギー研究会の最高顧問、入交昭一郎氏によれば、バイオエタノールは水素エネルギーやe-fuelとの親和性も高い。聞けば、efuelにはオクタン価(※3)が低いという弱点があるが、「オクタン価の向上に効果のあるバイオエタノールと混合すれば燃料効率が大きく上昇する」そうだ。
 さらに、糖からバイオエタノールを製造する際には、併産物として純度の高いCO₂が生成される。「この併産CO₂を、水素とCO₂の合成燃料であるe-fuelの原料として有効利 用する仕組みを構築すれば、カーボンニュートラル燃料の普及につながる」と説く。

※3 オクタン価……ガソリンのエンジン内での自己着火のしにくさ、エンジンが金属性の打撃音や打撃的な振動を生じるノッキングの起こりにくさを示す数値。これが高いほどノッキングが起こりにくい。

e-fuel/イーフュエルとは

CO₂と水素を合成して製造した燃料。化石由来のガソリンなどと同様、エネルギー密度が高く持ち運びやすいため、電気エネルギーへの代替が困難なモビリティのために必要。原料のCO₂の調達法としては、将来的には大気中のCO₂を直接分離・回収するDAC(直接空気回収)技術を使っての回収が想定されているが、本文でも指摘のあった通り、バイオエタノール製造工程で出る高純度CO₂を利用する方法も検討がすすんでいる。


水素社会と親和性の高い
バイオエタノール

 ただ、ここで問題になるのがバイオエタノールをどう調達するかだ。前述の通り、現状では日本で国産バイオエタノールの商業生産は難しく、ほぼ100㌫、アメリカとブラジルからの輸入となっている。この点に関してエネルギー工学者で東京大学名誉教授の横山伸也氏は「当面は輸入に頼るしかないが、将来的には自国主導のエネルギー供給力を底上げするためにも、高収率で安価な原料用農作物の育成・収穫技術を確立し、北海道や福島など各地の耕作放棄地を利用して国産バイオエタノールを生産していくべきではないか」と話す。前出の澤氏も「まずは輸入によってE10、E20の市場をつくり、同時並行で技術革新に向けた研究もつづけ、時期を見て横山先生のいうような国産バイオエタノールの生産を計画したり、海外拠点と連携して日本企業主導でバイオエタノール生産プロジェクトを立ち上げたりと、さまざまなエネルギー供給方法を検討していくべきだ」と指摘。「大事なのは、長期的な視点でロードマップを描くことだ」と話す。自国主導のエネルギー生産体制の確立を見据え、今後、日本におけるバイオエタノール導入を政府や企業、関係機関がどのようにすすめていくか、当研究会としても注視していきたい。