第17回 水素エネルギー研究会
(月刊『コロンブス』2025年3月号掲載)
日本における水素の社会実装と
素ビジネスの今がわかる!!
「羽田みんなのみらい 水素エネルギー展」

1月31日(金)から2月2日(日)まで、羽田イノベーションシティ(東京都大田区)と羽田空港第2ターミナルで水素エネルギーの体験・学習・交流イベント「羽田みんなのみらい 水素エネルギー展」(主催:東京都)が開かれた。東京都は水素エネルギーの需要拡大や社会実装を目指す取り組みの一環で、臨海エリアの神奈川県川崎市や大田区と連携して水素関連事業をすすめており、その現在と展望を広く伝えることがこのイベントの狙いだ。会場ではそれぞれの自治体の取り組みはもちろん、民間企業や研究機関の水素エネルギーに関する最新の研究や事 業が紹介され、事業者から一般の家族連れまで延べ3623人の来場者でにぎわった。
地域利用を想定した小型の
水素エネシステムを研究開発
イベント初日は事業者向けで、講演やパネルディスカッションで最新の水素プロジェクトが紹介された。まず開会に際して挨拶したのは東京都産業労働局次長の安部典子氏。「ここ羽田空港臨海エリアは交通インフラが集積し人とモノが行き交う、まさに未来の都市モデルを創出するのにふさわしい場。東京都は川崎市や大田区と連携協定を結び、このエリアで水素エネルギーの利活用拡大に向けたさまざまな取り組みを展開している。このイベントを通じてその現在地を多くの人に知っていただき、未来に思いを馳せてほしい」と話した。

つづいて東京大学先端科学技術研究センター特任教授の河野龍興氏が「水素エネルギー〜CO₂削減の切り札〜」と題して講演。冒頭、東大駒場第二キャンパスで実証中の再生可能エネルギー由来の水素エネルギーシステムについて話し、豪州のベンチャー企業LAVO社と開発した一般家庭向けの水素エネルギー貯蔵システム「HESS」を紹介した。この「HESS」は見た目にもコンパクトで、なかには水電解装置と燃料電池、リチウムイオン電池、水素吸蔵合金タンクが入っており、約40kWhの電力量で一般家庭(4人世帯)の電気使用量を2〜3日まかなえるシステムである。「家庭や病院などの非常用電源として期待できる。この3月にバージョンアップしたものをリリースする予定」だという。また、河野氏は2023年から福島国際研究教育機構(F-REI)の「水素エネルギーネットワーク構築に関する研究開発」事業に東北大学や京都大学と連携して取り組み、地域規模での利用を想定した水素エネルギーサプライチェーンの構築に向けてさまざまな要素技術の開発を推進中だ。「事業実施期限である2029年までに社会実装フェーズまで持って行きたい」と意気込んでいる。
長年の技術と知見を生かし
水電解装置の大型化へ
東京都と大田区、神奈川県川崎市がそれぞれの自治体における取り組み状況を紹介した後に行われた民間事業者による講演では、旭化成㈱ 環境ソリューション事業本部グリーンソリューションプロジェクト事業開発部部長の石川智之氏が自社開発の水電解システムを紹介した。同社は1975年から半世紀にわたって食塩電解プラント(食塩水を電気分解し塩素や水素、カ性ソーダを生成)でイオン交換膜や電極、電解槽を扱ってきた技術と知見をベースに、2010年に水素製造用のアルカリ水電解装置の開発に着手。以後、日本やドイツでさまざまな実証に参画し技術を磨いてきた。たとえば福島県浪江町の「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」では、2020年に10㍋㍗のアルカリ水電解装置を設置。「これまでに累計1万時間以上運転をつづけており、2023年以降は故障ゼロ。2025年度の事業化に向けて技術や仕様もほぼ固まっている」と石川氏。
さらに同社の川崎製造所(神奈川県川崎市)には800㌔㍗(0.8㍋㍗)のモジュールが4つ並んだパイロットプラントを設置した。「複数の電解槽をさまざまな環境下で検証し、部材の改良などもすすめている」という。同社は電解セルに組み込まれる電極や膜などの構成要素一つひとつを自社で開発しているので、このようにスピーディに改良を重ねられるのが強みだ、と石川氏は話し「大規模な水電解システムの開発から運用の最適化、保全にいたるまでトータルソリューションを提供できる」と胸を張る。「将来的には100㍋㍗、200㍋㍗といった大型プラントに使えるものを開発していく」とのことなので、社会実装の早期化に期待したいところだ。
海外から液化水素を運び
貯める一大プロジェクト
ついで、川崎重工業㈱ 水素戦略本部プロジェクト総括部総括部長の吉村建二氏が登壇。水素を「つくる・はこぶ・ためる・つかう」のうち、とくに「水素を液化して運び、貯める」プロジェクトに注力してきた同社の取り組みのなかでも、もっとも大きな注目を集めた世界初の水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」について話した。これは気体の水素をマイナス253℃に冷却し、体積が800分の1となった液化水素を安全かつ大量に長距離海上輸送するための船だ。日本政府とオーストラリア政府の支援を受け、オーストラリアで製造された水素を液化して日本に輸送する「未利用褐炭由来水素大規模海上輸送サプライチェーン構築実証事業」における実証船として建造したもので、2021年から2022年にかけて日豪間を海上輸送・荷役する実証試験が行われた。
この成功を受けて今、同社はあらたなプロジェクトに乗り出している。「川崎臨海部に5万立方㍍もの巨大な液化水素タンクを建て、海外から液化水素を運搬してきて貯蔵する一大拠点をつくる」のだという。このプロジェクトには新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援の下、川崎重工やENEOS㈱、岩谷産業㈱が参画している。川崎重工は主に船やタンクの建造を担う。「2030年までに実証を終え、その後は実際にビジネスとして液化水素の海上輸送と受け入れをすすめていく」そうだ。
停滞する水素プロジェクト
それでも先を見据えた挑戦を
今回のイベントでは、ほかにもさまざまな水素の製造や運搬、利用に向けた実証や事業が紹介された。だが、このところ水素の製造・利用コストがなかなか下がらず、収益が見込めないことで欧州などでも水素関連のプロジェクトがスローダウンしているといわれる。事実、昨年夏頃から世界各地のプロジェクトが中止、延期になっている。登壇した民間企業からもこうした現状への言及があり、トランプ新政権の発足で米国の気候変動対策が大きく転換し、カーボンニュートラルに向けた動きが鈍化してしまうことへの懸念の声も上がっていた。こうしたなか、NEDO 水素・アンモニア部大規模水素利用ユニット水素SCチームの坂秀憲氏は「余剰電力を水素に変換することでエネルギーを大量に長期間保存でき、長距離輸送もできる。水素は発電量の変動が大きい再生可能エネルギーの弱点を補填できる点でも脱炭素化に欠かせない」とあらためて水素の重要性に触れ「コストがなかなか下がらないが、それでも世界的な動向を見渡すと2020年から2024年にかけて水素関連のプロジェクトの数は7倍に拡大しており、今日の登壇企業の話にもあったように一つひとつのプロジェクトは着実に大規模化し、社会実装に近づいている」と話した。これを受けて主催の東京都 産業労働局産業・エネルギー政策部水素エネルギー推進担当課長の村野哲寛氏も「このイベントを通じてもっとも伝えたかったのは、水素エネルギーの社会実装に向けては行政と民間、異なる地域同士の連携が大事だということ」と強調。「都としてもさまざまな支援策を通じて産学官連携を促し、水素の需要を高めてコスト低減や関連インフラの整備、利用拡大をはかっていきたい」と締めくくった。



一般向けイベントも大にぎわい
多くの来場者が「水素」を体感‼
一般客も水素を体感‼
2月1・2日(土・日)の一般向けイベントでは、水素に関連したサイエンスライブやクイズショー、ワークショップをはじめ水素バス体験乗車などもあり、大人も子どもも一緒に楽しく水素を学ぶ機会となった。また、3日間共通の催しとして水素の燃焼熱を利用した東京しゃもの焼鳥や水素焙煎コーヒーなどの調理実演が行われ、来場者は屋外に設置された水素利用の熱風式直火型ジェットヒーターで暖まりながら試食・試飲を楽しんだ。



