第16回 水素エネルギー研究会
(月刊『コロンブス』2025年2月号掲載)
産学官連携、予算50万円で開発!!
水素と酸素で発電する燃料電池搭載の電動マイクロモビリティ
水素由来の「チャットカート」が地域の
あらたな交通・生活インフラになる!!

電動キックボードや電動スクーターなど、自動車よりもコンパクトで機動性が高く、短い距離の移動に適した小型の電動車両「マイクロモビリティ」。1990年代に電動アシスト自転車が登場して以降、環境への配慮の高まりとともに普及し、とくにここ数年は「LUUP(ループ)」などサブスクリプション(定期購入、継続購入)で気軽に利用できるシェアリングサービスが台頭したこともあり、首都圏を中心に電動キックボードで移動する人が一気に増えた。そんなマイクロモビリティに、なんと水素から電気を生み出す燃料電池を搭載したタイプが登場し、話題になっている。Hundredths㈱が産学連携で開発した「ChatKart水素燃料電池改」がそれだ。
低圧水素ボンベと燃料電池
搭載タイプを2カ月で開発
このプロジェクトを立ち上げたのは東京都港区のHundredths㈱(ハンドレッス)。自社では製造設備を持たないファブレスメーカーとして、これまでさまざまなマイクロモビリティを企画・設計し、モノづくり事業者と連携して製品を開発、世に送り出してきた。そのひとつが、リチウムイオンバッテリーを動力源とするひとり乗りの特定小型原動機付自転車(※)、「ChatKart(チャットカート)」だ。発売は2023年、四輪タイプと二輪タイプがあり、シニア層が安心・安全に移動できる乗り物として徐々に人気が高まっている。
このチャットカートに燃料電池を搭載するプロジェクトが立ちあげられたのは24年夏頃のこと。東京都立産業技術研究センター(東京都江東区)からの声がけで㈱菊池製作所(東京都八王子市)とHundredths㈱、そして東京工科大学(東京都八王子市)が連携して開発に取り組み、同年10月に「Japan Mobility Show Bizweek 2024」(幕張メッセ/千葉県千葉市)で試作品をお披露目した。動力源は基本、従来のチャットカート同様、リチウムイオンバッテリーだが、サブ電源として燃料電池を用い、その電気を生み出すための水素の供給には、取り扱いが容易な低圧水素ボンベを採用した。このあらたな仕組みの開発期間はほんの2カ月、しかも現役の学生たちがわずか50万円の予算で開発したという、これは驚きだ。開発に携わった東京工科大学大学院工学研究科サステイナブル工学専攻の学生のひとり、博士課程2年の荒井大地氏によれば、かかった実費の内訳は主に「1本約12万円の水素ボンベ(200㍉㍑)が2本と燃料電池スタック(電気を発生させるセルを積み重ねた構造体)が約20万円、そのほかの部品や試験用の装置などはすべて安価な市販品を調達し、開発費用を抑えた」とのこと。また「水素発電部の機構や仕組みは東京都立産業技術研究センターが確立したものを利用できたので、スピーディに開発をすすめることができた」という。
地域のあらたなインフラ
として普及させたい
では、この「ChatKart水素燃料電池改」のスペックはどうなっているのか。ハンドレッス代表取締役の長谷部敬太氏(47 歳)によれば、走行距離は従来からのリチウムイオン電池で約40㌔㍍、燃料電池で10〜15㌔㍍ほど。「水素ボンベを取り換えることでそのつど走行距離を10〜15㌔㍍ずつ延ばせるため、コンビニエンスストアなど町なかにカートリッジボンベを取り扱う拠点をつくれば、バッテリー切れを気にすることなくマイクロモビリティで移動できる」という。

高校卒業後、宇宙航空工学を学ぶためアメリカのパデュー大学へ。帰国後、本田技術研究所で2輪の研究開発に携わる。その後、IDIADAというスペインの自動車実験・評価受託サービスを提供する会社で日本の各自動車メーカーとさまざまなプロジェクトを実施。モーター関連会社経営などを経て2018年に独立、個人事業でマイクロモビリティ開発をスタートし、22年にHundredths㈱を設立、現在にいたる
さらに、長谷部氏は「チャットカートにさまざまな機能を付加することで無限の可能性が広がる」と話す。たとえば、運転中にリアルタイムで運転者の体の状態や重心、目線の動きなどのデータを収集すれば、医者や家族がはなれたところから患者などの健康状態をモニタリングしたり、生活習慣や行動範囲などを把握できる。また、動力源としてソーラーパネルを利用したり、自動運転技術を取り入れたり、といったことも視野に入れているそうだ。
「地域住民の安心・安全な移動を支えるあらたな交通・生活インフラとしてチャットカートを普及させたい」と長谷部氏。「もちろん地域ごとに状況もニーズも異なるので、当社のようなファブレスな開発メーカーが知恵を絞っていろいろな機能やエネルギー源を試して対応できるようにしておくことが大事だ」と力を込める。「ChatKart水素燃料電池改」はまさにその第一歩、まだ試作段階ではあるが、研究開発をすすめる学生たちもやる気満々だ。「燃料電池の発電効率や走行距離の検証など、社会実装に向けた実験と研究を重ねていきたい」と意気込むのは前出、東京工科大学大学院の荒井大地氏。もうひとり、学部4年生の菅原陸氏も「自動運転の研究をすすめて、いずれは乗車した人が操作ナシでも目的地まで安心・安全に移動できるようにしたい」と目を輝かせている。

こだが、試作段階を経て今後、本格的な製品化と量産をすすめていくにあたり課題となるのが資金調達だ。この点に関して長谷部氏は「短期的に資金を集めて事業拡大を急ぐのではなく、あくまで『どういった社会を実現したいか、いかにして持続可能な地域社会を確立するか』を一緒に考え、挑戦してくれる仲間を地道に増やして一歩一歩、プロジェクトをすすめていきたい」と話す。実際、「Japan Mobility Show Bizweek 2024」への出展後に福島県のあるドローンメーカーから「ドローンやマイクロモビリティを組み合わせ、水素エネルギーを活用したまちづくりの実証に取り組みたい」といった相談があったという。安全・安心な移動を支えるだけでなく、クリーンで持続可能な脱炭素社会の実現やあらたなまちづくりにも貢献するマイクロモビリティ「チャットカート」、これから先どのような進化を辿っていくか楽しみだ。
※ 特定小型原動機付自転車……2023年7月1日から改正道路交通法が施行され、あらたに「特定小型原動機付自転車」という区分が設けられた(最高時速6㌔㍍以下の「特例特定小型原動機付自転車」を含む)。電動キックボードなどが該当し、運転免許不要など新しい交通ルールが適用されることとなった。